スタッフブログ
| コメント(0) | トラックバック(0)

 

今回の「卒塾生の活動」は、松平に移住された三期の野々山さんです。

20144月より豊田市松平での暮らしをスタートされました。

ガラ紡をなんとかしたい、という思いから豊森塾生を経て、

現在、地域やガラ紡との関わり方を日々模索されています。


********************************************************************


 豊森3期生の野々山です。

今年3月に卒塾して8か月ほど。

ここで紹介できる自信はありませんが、参考にしていだけたら幸いです。


 

 私たち家族は今年4月より豊田市松平に住み始めました。

それも3家族(母・叔父・私の世帯)で。私は名古屋から移住しました。


 移住きっかけは3家族3様です。

もともと私たちは代々、松平の滝川沿いで代々ガラ紡績を営んでいました。

しかし、2000年に廃業。じきに祖父母も亡くなりました。

叔父は代々の土地や山を引き継ぐものがいないと悩んでいました。

母は再雇用も終了して、街暮らしでは「やることがない」と案じていました。

妻が畑をしたがっていました。

それなら3世帯で一緒に住もうと準備してきました。


 その準備のなかで、代々営んできたガラ紡が再び脚光を浴びていると知りました。

それも祖父がガラ紡に大きく貢献していると知りました。

ガラ紡をなんとかしたい、ガラ紡があった里山の風景を残したいと思うようになりました。

そこで豊森なりわい塾を知り、移住準備とあわせて1年通いました。


さて、卒塾後の活動を紹介します。



1.マツダイラーの一員として地域に溶け込む


郷にいては郷に従え。

まずは地元の方々と知り合い、草刈り・秋祭・学校の行事にできるだけ参加しています。

松平で根を張る方々(マクロビレッジさんやくらら農園さんなど)とも知り合いになりました。

ちなみに「マツダイラー」とは松平にかかわる人々を、マクロビレッジさんのIKさんが名づけました。

いい言葉ですね。


   



2.ワタ畑とガラ紡


ガラ紡工場跡地は今や荒れ地になっています。

かつては水車もあり素敵な里山風景を保っていました。

今は荒れています。その土地を開墾して整備をしています。

少しだけ綿も育てています。


残念ながら、豊田市内に唯一あったガラ紡工場は操業を停止されています。

一宮のガラ紡績工場を訪ねたりしていますが、ガラ紡績とどうかかわるか、

そのヒントが生まれていないのが悩みです。



  



3.森林


薪ストーブを新居にいれたこともあり、薪や森林に関心が生まれています。

松平にも間伐が必要な山があります。

豊田森林組合学校の間伐研修に通ったり、

ロケットストーブのワークショップに参加したりしています。

薪ネットワークをつくりたいです。



   

   

 

4.豊森なかまのつながり


豊森卒塾翌日から、私は松平に移り住みました。

豊森なかまがいるからこそ、今の暮らしがあると思っています。

4月には志津さんの山へいき間伐の初歩を学びました。

7月には松平ツアーを豊森なかまに企画、木浦さんのこけぐらしワークショップに参加、

三宅さん(旧安藤さん)のたきみでたき火に顔を出したり、

中尾さんの新城古民家カフェはちどりを訪問したり(仕事でもお世話になりました)しました。

お世話になった旭になかなか訪ねられていないのを心苦しく思っています。



5.ボチボチと


一番の悩みは仕事との両立です。

責任が重くなり、土日仕事が多く時間確保が悩みです。

新生活でのリズムもまだつくれていません。

当面3年間は基盤づくりで模索の時期としていますが、

豊森なかまや関わった方々が生き生きしている様子を知ると焦ります。

ただ、ブログ『城址とガラ紡の里山ぐらし』を毎日更新しています。

更新を積み重ねて、ボチボチと自分なりのスタイルを築きたいです。


 



« 「豊森」のロゴが紹介されました

大ナゴヤ大学「田舎暮らし女子トーク」に参加しました♪ »

カテゴリ